食べ物の章

食べ物の章 序文

士林の街を歩いていくと、路地裏の多くに隠れたシンプルな店や屋台があります。店主が手際良く包丁をふるい、まな板の上で器用に動かし、目の前にはぼんやりと視界を覆う熱気が立ちこめます。次の瞬間、食欲をそそる香りがします。派手なデザインや豪華な看板はありませんが、この飾らないローカルフードに地元の人々共通の感情と記憶が存分に詰まっています。

この記事では、士林の路地裏に隠れたローカルフードを一緒に探索します。士林地区で長年生活している15名の方を通じて、この街のユニークな味を読者に紹介します。みなさんが時の旅人となり、食べ物が背景に持つ歴史的な意義や風情を感じましょう。


|富楽台湾式しゃぶしゃぶ|

士林区には多くの火鍋店が立ち並んでいますが、その中には全台湾に支店を持つ大型チェーン店も少なくありません。しかし、承德路の4丁目に位置する「富楽台湾式しゃぶしゃぶ」は、スープが自然でさっぱりとした味わいがあり、その独特の風味が多くの火鍋店の中でも頭一つ抜けており、明勝里(町名)の張永棟町長から高く評価されています。

    (台北市士林区明勝里 張永棟町長)  


|剣潭肉円王|

張永棟町長は明勝里(町名)の町長オフィス近くの美食もお勧めしています。承德路4丁目12番地にある「剣潭肉円王」は一皿に2つの蒸し肉円(台湾式肉団子)があり、皮はもちもちとしていて、具材がしっかりとしており、ソースは甘く香ばしい。店内で煮込んだ四神湯(漢方とモツを煮込んだスープ)と一緒に食べます。この組み合わせは地元で名高い行列のできる美食となり、遠方からも多くの人が訪れます。

(台北市士林区明勝里 張永棟町長)


|勇伯米粉スープ|

剣潭肉円王の向かいにある「勇伯米粉スープ」は士林で有名な古くからのお店で、現在は三代目が経営しています。張永棟町長によると、この店も一時期、世代交代により閉店しなければならない状況に陥りましたが、幸いなことに三代目の若者が引き継ぎ、再起したことで、今でもこんなに懐かしくてリーズナブルな美食を食べることができます。すべての美味しいという記憶が今でも残っていることは簡単なことではないからこそ「勇伯米粉スープ」の存在は非常に貴重なのです。

(台北市士林区明勝里 張永棟町長)


|以利泡泡冰|

冰店について話すとき、士林の地元の人々の心に存在する「以利泡泡冰」は欠かせません。地元が士林の鄭さんは、店の看板メニューである花豆氷(かき氷)を強くお勧めします。ぜひ、甘党派のみなさんに食べていただきたいかき氷です。甘いものが苦手な人も、お店特製のウメ氷を食べていただくと、甘酸っぱさが特徴で、店内には苺や卵プリン、青マンゴーなどのトッピングもあり、かき氷も販売しており、選択肢が豊富です。また、以利泡泡冰は最近リニューアルされ、かつての伝統的かつシンプルなスタイルから、ファッショナブルな店に変わりました。老舗の顧客だけでなく、多くの若者も訪れています。

そして、以利泡泡冰の近くには、地元士林の人々も三福排骨をとてもお勧めします。三福排骨のスペアリブ、骨付き鶏もも肉弁当、また乾麺も非常に有名で、ご飯に合う辣油と酸菜(台湾式漬物)も特徴の一つです。

(士林在住 鄭さん)


|金仙排骨|

福中里(町名)の町長である王德利町長は、地域で長年営業している「金仙排骨」を推薦せざるを得ません。スペアリブのご飯と骨付き鶏もも肉のご飯は、町長が日頃から昔ながらの味を堪能できるご飯です。近隣の路地には、火鍋や麺類などさまざまな庶民料理があり、福中里(町名)を通りかかった際には、福中里(町名)で長年営業している老舗で食事することをお勧めし昔ながらの味をぜひ堪能してください。

(台北市士林区福中里 王德利町長)


士林夜市

美食について話すと、洪銘鎮町長は私たちに熱心に士林の地元の美味しい食べ物を多く紹介してくれました。例えば、町長が子供のころから食べていたイカの団子、牡蠣のオムレツ、そして士林の特色とされる庶民料理として「大香腸(台湾式ソーセージ)」にはにんにくを添えて、食べます。これらはすべておすすめの一品です。士林夜市に来たら、もちろん深夜の屋台も欠かせません。町長のお気に入りの深夜の屋台として、「原士林の牡蠣のおかゆ、海鮮のおかゆ」をみなさんに紹介しました。町長は、台湾各地にはキャッチコピーを「原士林」としているおかゆ店が多く、それらは士林夜市から始まり、徐々に各地に広がったと言います。海鮮のおかゆの他にも、夜市で午前2、3時まで営業しているラム肉や牛肉の炒め物も、町長おすすめの深夜の食べ物の一つです。

(台北市士林区仁勇里 洪銘鎮町長)


親しい友人や家族が訪れた時、錢穆旧居の秦照芬執行長は彼らを士林夜市の焼き「鳳尾」、つまり、ぼんじりの店に連れて行きます。士林の特色の庶民料理と言えば、執行長が最初に思い浮かべるのは「大餅包小餅(クレープ生地(大餅)で砕いた台湾式揚げパン(小餅)を包んだもの)」で、外側の大餅はよく見るネギ焼きと、実際それ自体にはあまり味がしないですが、中の小餅がサクサクしていて美味しく相性抜群です。現在も楽しむことができます。秦執行長は、実は大餅包小餅だけでなく、大腸を小腸に包むのも士林が発祥であり、他にもおすすめの庶民料理として、薬膳ウナギやエビの団子などがあります。私のステーキハウスも以前は夜市で屋台を出していてが、後に独立して店舗になりました。

(錢穆旧居 秦照芬執行長)


|士林夜市麺線|

古き良き美食と言えば、義信里(町名)の許立丕町長は迷わず「阿亮麺線」をお勧めします。最初は10元で食べられたものが、今では約60元になってしまいました。町長は、阿亮麺線が最初に営業を始めた士林寺口の麺線店であり、その後に「阿輝麺線」が出現したと言います。町長は、両店舗の味が異なり、経営モデルも異なると感じています。阿亮麺線はこの1店舗のみで、フランチャイズ店はありません。食品の品質と客の流れに非常に重視しています。一方、阿輝麺線は現在2代目が営業しており、若い世代のトレンドに沿ったアイデアを取り入れ、外国人観光客のニーズに合わせて、士林の地下鉄の出口にも支店があります。本店は依然として士林夜市の慈諴宮の前にあります。町長自身は昔ながらの味を好むので、阿亮麺線が好きです。また、「新月お手軽に食べれる店」の骨付きもも肉弁当と骨付きもも肉スープ麺、さらに廟の前方にある鶏肉飯とゴーヤスープも皆さんにぜひ試してもらいたいとお勧めします。

(台北市士林区義信里 許立丕町長)


|金龍控肉飯|

士林夜市の小南街にある金龍控肉飯は、許立丕町長が子供のころから慣れ親しんだ味のグルメです。オーナーの阿伯さんが町長の幼少期の隣人だったため、記憶にある限り、最初に噛むことを覚えた日に食べたのは金龍控肉飯であり、それは今でも町長にとって忘れられない味となっています。

(台北市士林区義信里 許立丕町長)


|辛發亭|

夏の暑さをしのぐ場所として、許立丕町長は中学時代から夏のデート場所として「辛發亭」のかき氷屋さんを利用していました。当時は安平通りにあり、士林夜市の全盛期で最も賑やかな通りの一つでした。この通りは恋人通りとして知られ、繫盛期には通り沿いに、辛發亭や仙人掌などのかき氷屋さんが5軒ありました。ちなみに、ここには少年通りというピアッシングをするためのお店もありました。

許町長は、泰北高校(士林にある高校)時代、よく士林夜市近くの安平通りで食事をしたりデートしたりしていました。彼は、かつてあった木船という民族音楽レストランに、当時はお金を貯めて彼女と一緒に民族音楽の演奏を聴きに行きました。演奏が終わると、バイクで陽明山に行って夜景を見たり、温泉に入ったりすることが、若い頃のロマンチックな体験でした。

(台北市士林区義信里 許立丕町長)


|林家麵神| 及品鍋貼|林媽祖廟口素食館|

子供の頃から士林で育った李心瑜さんは、士林のグルメに非常に詳しいです。最初に紹介するのは文林路にある「越鄉」というベトナム料理店で、子供の頃によく訪れたお店です。店内で販売されている揚げ春巻きとナムプラーは特に彼女の忘れられない味となっています。次に紹介するのは美崙街(町名)にある「林家麵神」です。ここは心瑜さんが強くお勧めする地元グルメで、その場で出来立ての手打ち麺がいただけるため、林家麵神のどの一杯も麵が非常にモチモチとした食感があり、特製ゴマダレは香ばしいゴマの風味があります。もしまだ満腹でなければ、数歩先の「及品鍋貼」も美崙街(町名)の行列グルメの一つです。インタビューの終わりに、心瑜さんは士林夜市の慈諴宮の向かいにある「林媽祖廟口素食館」を強くお勧めしました。もし朝方士林の朝市を通りかかる際には、その店の麵線と臭豆腐は外せません。

(士林在住 李心瑜さん)


遺珠篇導言

食べ物の味は思い出であり、都市の風景でもあります。それは士林の一部分で、時の書となり、時間を超越して変わらない過去と現在が交差するような。一口食べるごとに物語があります。

記憶の片隅には、時代の変遷と時間の流れと共に静かに閉店した店があります。もう二度と味わうことはできませんが、それらが残した味はかつてこの地に住んでいた人々の生活の一部となり、さまざまな物語の誕生がありました。それは子供時代の思い出や、青年時代に恋人とデートした場所かもしれません。既に通りや路地でこれらの店の痕跡を見つけることはできませんが、閉店した各店にはそれぞれの物語があり、各店が残した記憶は当時の人々の心に刻まれ思い出されているでしょう。


|蛇肉スープ|

「士林夜市」は福中里(町名)の王德利町長が子供の頃から食べ続けているグルメエリアです。大餅包小餅(クレープ生地(大餅)で砕いた台湾式揚げパン(小餅)を包んだもの)や、牡蠣のオムレツから、異国の料理や地元の庶民料理まで、今でも味わうことができます。初期の士林夜市について言えば、皮膚の状態が良くない人や湿疹のある人は、蛇肉スープを飲むことがありました。町長自身も飲んだことがありますが、現代の保護意識の高まりの中で、「蛇肉スープ」や「すっぽん」は市場や夜市からなくなりました。

(台北市士林区福中里 王德利町長)


|八宝氷|

思い出に残る忘れられない味について語ると、仁勇里(町名)の洪銘鎮町長は、子供の頃懐かしの味の八宝氷が最も好きだったと回顧します。当時の物価は安く、学生であった彼は常にかき氷屋さんを訪れて一杯のかき氷で涼を取っていました。現代のかき氷は多種多様で、コンビニエンスストアでソフトクリームやシャーベットを購入することができますが、八宝氷は町長の心の中で代わることのできない記憶となっています。

(台北市士林区仁勇里 洪銘鎮町長)


|混蛋老闆果汁店|

張永棟町長が紹介してくれた「混蛋老闆果汁店」はかつて承徳路四丁目の路地にありました。この名前が付けられたのは、果物やその他必要な材料だけでなく、店主がミキサーに生の卵黄を一つ追加し、一緒に混ぜるためです。町長によれば、この果汁店は材料が新鮮で、製造過程で水を一滴も加えず、代わりに濃厚なミルクを使用しているため、味は濃厚で自然です。普段から売上は好調で、特に休日には多くの観光客や運動帰りの人々が絶えず訪れます。現在は思い出の味になってしまいましたが、思い出すと心が温まる美味しい味です。

(台北市士林区明勝里 張永棟町長推薦)


|芝山岩の村の美味しい食べ物|

邱邱田町長が美味しい食べ物について語るとき、印象的なのは、芝山岩の初期に国防部軍事情報局があったことです。鉄条網で囲まれた情報局の外には、多くの村とお手軽に食べれる食堂が立ち並び、町長は以前よくそこで食事をしていました。そして、お手軽に食べれる食堂も当時の社会情勢や地理的な位置と深い関係がありました——情報局の外で店を開いた店主の多くは、退役した老兵でした。彼らは思い出に残る美味しい食べ物と自分の技術を頼りに、故郷の味を再現していました。例えば、本場の山東大餅(パン)や水餃子など、料理の裏には知られざる物語があり、それは同時に感動的な美味しさが思い出に残ります。

(台北市士林区福志里 邱邱田町長)

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